電波とアリス

思ったこととかなんでもない日常を書いたり書かなかったり

電車に飛び込んだあの子は

こんにちは、

せりな(ryです。

 

今回のテーマはタイトルの通りです。

ご存知の方もみえるかと思いますが、

7月1日に女子高生がツイキャスで配信しながら、

電車に飛び込み自殺しました。

私も、話題になってすぐその子について調べました。

というより、Twitterのタイムラインに飛び込む瞬間の

動画が流れてきたのを見たときに、

この子はなんで死を選んだんだろうという不謹慎ながらも

純粋な興味からでした。

 

所詮ネットで調べただけの情報なのでどこまでが本当か分かりません。

ですが、私が調べて出てきた情報は

・彼女は親と不仲だった

・彼女は妊娠していた

・しかし、その彼氏とはうまくいってなかった

・OD等を日常的にしていた 

 

こんな感じだった気がします。

間違っていたらすみません。

 

いろいろ調べてみて、彼女はつらい境遇にいたんだなと、

今回死を選ぶことでようやくその鎖から開放されたんだなと、

ネットでは迷惑だなんだと言う人がいる一方で

私はそう感じました。

 

どうしてあの子は自分が死ぬ瞬間を配信したのか。

そう疑問に思ってる方もたくさんいました。

 

私は彼女ではないので本当のところは分かりませんが、

個人的にはいくつか理由があったと思います。

まず第一は復讐。

自分にひどいことをした親や彼氏への、です。

自殺配信はネットで話題になることは誰でもわかります。

つまり、ネットで話題になれば、

その人たちへ少なからず批難の声が浴びせられる。

そう考えたのではないかなと。

次に誰かの記憶の中で生きたかったのではないかな、と。

以前ブログにも書きましたが、

私は過去親しい人が自殺しました。

同じように配信をしながら飛び降りました。

その子も「どうか忘れないでいてくれたら嬉しい」

そう言っていたのが頭に残ってます。

自分には頼れる親も場所もないけど、

ネットでたくさんやさしくしてもらったから、

どうかその人たちには忘れてほしくない、

その人たちの中で少しなりとも覚えててもらえたら

幸せだって。

それがこんな自分でも生きていた爪あとに、

生きていた証になるって言っていました。

今回の子とは境遇がところどころ似ていたので

少しはあったのではないかと。

最後に止めてほしかったんじゃないかな、と。

むしろ個人的にはこれが大きかったように思います。

飛び込む直前のキャスで「話し相手がいない」と言っていました。

あれが彼女の最後のSOSだったんじゃないかなと思います。

あそこまで来たらもう死ぬことを決心していて

何を言っても止められない可能性が高いですが、

自分の最後の思いを、つらかったことを、

キャスの閲覧者を「話し相手」として、

配信という形で話を聞いてほしかったんじゃないかなと。

 

拙い文章になってしまいましたが、

こんな風に考えていたんじゃないかなという

あくまで「私の予想」です。

 

きっと彼女もつらかったと思います。

私なんかにははかれないくらい。

 

だから、こんな言い方をしたら

不謹慎だとか思われるかもしれませんが、

本当に辛い中よく16年間も生きたと思います。

 

死は逃げだという方もいます。

その考えも痛いくらい分かります。

でも私はメンヘラなので、

死は最後の幸せになる手段だとも思います。

死の先に何があるかは分かりません。

でもただ確実なのは今の辛い状態からは変わる。

お恥ずかしいことに、私は見事に首吊りも飛び降りも失敗しましたが、

首をつったときも、5階から飛び降りたときも、

私が考えていたことは、

「このまま生きていたって未来が見えない」

「こんな辛い中でどうやって生きていたらいいのか」

「死ねば今の辛さは終わる」

「死の先なんか誰も分からないし死んでみればいい」

そんなようなことばかりだった気がします。

 

だから、どうか死んだその先で幸せでいてください。

今回亡くなってしまった彼女に

心よりご冥福をお祈りします。

記憶

こんにちは

せりな(ryです

そういえば以前もこんなタイトルのブログを書きましたね

そのときとはまた少し違う内容です、多分。

 

最近の僕はなんていうかだめです。

それは前のブログでも書いたとおりです。

メンクリガチャに失敗しすぎてもう行かないって決めてから

早半年、症状が悪化してます。

もともと通っていた病院の先生が歳で亡くなってしまってから、

違う病院にしたんですが、ひどいひどいで僕にはあいませんでした。

そんなこんなで行ってないんですが、

今まで受けた診断の症状にはないようなのが最近出てきました

記憶がとびとびになるようになってしまいました。

ツイッターでもそんな話ばかりするようになりました。

ツイッターを見てこんなのつぶやいた覚えないってやつです。

今日は「あれこれ行ってもちんな死ぬのは同じんなのにな」っていうのを夜つぶやいてたらしく、え!?ってなりました。

盛大な誤字で盛大にメンヘラこじらせてて苦笑いしか出ませんでした。

 

僕はいつになったらメンヘラを卒業できるんでしょうか。

早く卒業したいです。

健常者になってみんなが感じてる普通を味わいたいです。

彼氏を幸せにしてあげたいです。

 

クーラーが効きすぎて鳥肌がとまらない教室からお送りしました。

悲しみの底に

みなさんお久しぶりです

せりな(ryです

 

前回のゲーセンの閉店から約1ヶ月、

予想できるかと思いますが、

元気にメンヘラをこじらせていました。

 

ODリスカなんでもありで周りの方にたくさん迷惑をかけてしまいました。

やっといてあれなんですけど、

本当に周りの方には申し訳なかったですし、

なによりも彼氏や頼れる友達に感謝しかないです。

 

らりらりぱっぱでろれつも回らない中、

金曜の夜に寝たはずなのに起きたら日曜の昼で、

土曜のバイトをどう連絡したのかマネージャーに電話して休んでて、

ツイッターでもLINEでもしっちゃかめっちゃかでどう読んでいいのかすらわからないような文章を送信していて、

ほんとにやらかしたって感情以外わかなかったです。

 

また、新しいゲーセンで社員のミスで9時間バイトした後に、

あと3時間残業でってなって、

新しいゲーセンバイトで散々つらい言葉をかけられて、

メンタルが死んでるなかで、

1人で12時間働くのか、誰も頼れないのかって思ったら

なにもかもが敵に見えて、

思いっきり発作起こしてぶっ倒れました。

 

そんなこんなでたくさんたくさん彼氏や友達に迷惑をかけてしまいました。

普通だったらこんなの関わりたくない方が大半だろうに、

わざわざ夜遅くにかけつけてくれたり、

朝方まで話を聞いてくれたり、

僕のために怒ってくれたり、

本当に申し訳ない気持ちと感謝の気持ちでいっぱいです。

この場で言うのもおかしいかもしれませんが

本当にごめんなさい。本当にありがとう。

 

彼氏とはそんなこんなで別れの危機くらいまでいったんですが、

自分の思いを言葉にするのが苦手な僕のペースで話させてくれて、

お互いの意見をちゃんと話し合って、

仲直りじゃないですけど、

これからもよろしくということに落ち着きました。

今回の話し合いでは、

・ありがとうとごめんなさいを使い分けれるように

・相手の言ったことが全てであって、勝手な思い込みで物事を話さない(被害妄想)

・ODは今後やめること、薬は自我を失ってしまうから

リスカに関しては一気にできなくても、できれば少しずつでも控えること

・ODやリスカに走る前に彼氏や周りに話を聞いてもらう等頼ること

を私の今後の反省点として話がつきました。

 

これからも過ごしたいと思う人と一緒にいるためにも、

自分自身のためにも、

今回話し合った反省点を時間はかかるかもしれないにしても、

絶対に直そうと思います。

 

備忘録もかねてるのですごく長くなってしまいましたが、

自分がいかに周りの方に恵まれているかを

すごく実感する1ヶ月でした。

終わり

こんにちは、せりな(ryです。

 

今回のテーマは「終わり」と「始まり」です。

私は1年半程同じゲーセンで働いているのですが、

そのお店が明日で閉店になるのです。

12日が最終営業で、13~15日で撤去し、

16~18で新しい会社の搬入、19日オープンです。

なので閉店ですが、実際は経営者の入れかわり、ってところです。

ですが、親会社自体が変わるので店の名前も変わりますし、

社員さんはもう来ることはありません。

ありがたいことに次に来る会社でも今と同じ条件で

アルバイトのメンバーは引き継がれることになったのですが、

やはり明日の最終営業を思うと寂しくてたまらないです。

 

僕のいるゲーセンは大げさかもしれませんが、

第二の家族がいる場所、みたいなものでした。

散々迷惑をかけてきたけど、社員さんのことも

アルバイトのメンバーもみんないい人で、

お客さんとも仲がよくて、働くのが楽しくてたまらなかったです。

普通のゲーセンとは違って、お客さんとの距離が近いところがだいすきでした。

アクセサリー、ネイル、髪、服装自由で本当に個性的な職場でした。

 

時にはお客さんとごたごたしたこともあったし、

ストーカーされたり、セクハラされたりしたこともあって

泣いたこともやめたいと思うこともたくさんありました。

でも、たくさんのお客さんと仲良くなって、

たくさんいろんな話をして、常連さんになってくれて、

「楽しい」とか「ありがとう」っていってもらえるたびに

あぁ、ここで働いててよかったって思えました。

 

はじめはひきこもってたせいで、

コミュ障こじらせすぎて「いらっしゃいませ」って

話しかけることすらきょどっていた私に、

人は意外と怖くないことを教えてくれたのも、

この職場でした。

ここで働いたからこそほかの人とコミュニケーションを

とれるようになったと言っても過言ではありません。

なんなら、今の彼氏と出会ったのもこの職場でした。

 

思い出深い大好きなお店が明日で最終営業です。

私は最終営業日の15~20時のたった5時間ですがシフトを組んでいただきました。

きっと私にできることは何もないけどせめて

「楽しかった」と言えるように終わりたいと思います。

日曜日の撤去作業も9時間シフトに組んでいただいたので、

引渡しのときはいけませんが、

せめてお店をちゃんときれいにしてこようと思います。

 

以前ブログに書いたのですが、

風評被害にあった時にそれでもいつか

前みたいに営業できるかもしれないって

前向きにがんばっていたのことは叶いませんでした。

 

今でも泣きそうなくらい悔しいです。

正直終わらないでって思います。

しんどさばっかりが襲ってきます。

 

でも、最終営業も撤去も組んでくださったので

自分の手でちゃんとけじめをつけてきます。

 

 

サポーター

こんにちは、というかお久しぶりです。

ずいぶんと長いことブログをさぼってましたが元気です。

ブログをサボっている間に大学2年生になり、

本格的にゲーム開発の勉強をするようになりました。

 

さて、今回のテーマは前にも書いた「リストカット」です。

前回は確かやらないですむなら・・・みたいな内容だったと思いますが、

今回はただの愚痴です。先に謝ります、ごめんなさい。

 

去年からしていたパチンコ店でのアルバイトを4月いっぱいで辞め、

新しく彼氏とかけもちできるバイトを探し始めました。

今の時期どこも求人してるところなんて飲食店ばっかなんですよね。

飲食店の制服といえば、半袖です。

長袖などは衛生面で異物混入などの不安があるからです。

私の主なリスカ痕は手首の上らへんからひじにかけてです。

手首のほうや二の腕は浅かったり日がたってなんとか膨らんだままではあるものの、色自体は白っぽくなり目立たなくなりました。

なので、できればサポーターか大き目の絆創膏やシップをしたいところですが、

お店によってはそれすらも衛生面的にNGというところもあります。

 

もちろん、自業自得なのは分かっています。

でも、バイト中に「リスカ痕がある」ということ以外迷惑は基本的にかけません。

だからどうかサポーターか湿布か絆創膏のどれかだけは許してくれって思っちゃいますね。

わがまま以外の何者でもありませんが。

 

以前飲食でバイトしていたときは手首のほうはほとんど傷がないからということで、

半袖の下に長袖を着て腕まくりということで許してくださいました。

まだどんなバイトにつくか分からないけど、

リスカを理解しろとは1ミリもいわないからせめてクビにだけしないでくれたらと思います。

 

新しいバイト先早く見つかるといいなぁ

審査員特別賞

お久しぶりです。

すっかり更新していなかった久しぶりのブログです。

 

近況をざっくりまとめるとたくさんメンタルをヘラせながらたくさんバイトして、

誕生日には人生初のインフルエンザで寝込み、

学校の試験やら補講に追われてって感じでした。

 

そしてタイトルの「審査員特別賞」ですが、

先日私の通っている学校で学内コンテストが行われました。

それで私のコンテストでの結果がゲーム部門:審査員特別賞でした。

 

応募数はゲーム学科の1年生が30くらい?で、私の学科の1年生が8、その他2年生等って感じでした。

ゲーム学科はその名の通り1年生のうちからゲームデザインや自分のゲームのプレゼンの勉強をします。

私はあくまで「ゲーム開発専攻」であり、1年生のうちはその専攻関係なく学科一律で勉強をするのでゲームデザインの知識も、プレゼンの知識も皆無でした。

 

それでもなぜかプレゼン資料のみでの審査の1次審査をゲーム学科に混ざって通り、最終審査でプレゼンをすることになりました。

 

そして、本来であれば「最優秀賞」「優秀賞」のみなのですが、なぜか「審査員特別賞」という枠を増やし入賞という形でした。

 

正直死ぬほど悔しかったです。

私は恋人からもあきれられるくらいの負けず嫌いです。

だから最優秀賞をとれなかったのが悔しかったです。

それが例え相手がゲームやプレゼンの勉強をしていて、

こちらは全くのど素人だったとしても、です。

 

でもそれよりも悔しかったのがクラスメイトや友人に

「がんばったで賞」「努力賞」と言われたことでした。

もちろん努力はしました。

それでも認められない人もいる中で今回賞を増枠して入賞させていただけたのは本当に光栄なことだと重々承知してます。

今回賞を増枠して私を入賞させるにあたって、

審査員であった有名なゲームクリエイターの方が1番進言してくださったことも聞きました。

「あの子はゲームやプレゼンの勉強をしていないのにあのクオリティを出せるのはすごい」

「この子には伸びしろが多いにある」

「来年自分がこの子を育てられるのが楽しみ」

などなど、いろいろなことを言ってくださったと聞きました。

それでも審査員特別賞は私を萎えさせないための飴替わりの妥協賞なのではないかと思ってしまい純粋に喜べませんでした。

 

私は育った環境や、もともとの性格もあり上記の通り死ぬほど負けず嫌いです。

だからこそ妥協の賞なんかいらなかったし、

クラスメイトや友人にばかにされるくらいなら尚更いらなかったです。

 

学校でも、家に帰ってからも悔しくてたまらなくてたくさん泣きました。

彼氏はいつも「上に立つ人は自分が上だってわかってるから下の人の言うことを

気にしない。

せりなはセンスもあるし、努力も人一倍してるし、その分野を心から楽しんでるから絶対に上に立つ人になれる。

下の人は自分ではかなわない相手にせめて毒をはいておこうってだけ、それしかできないから。

だからただの僻みだから気にする必要なんかない。」

そう言ってくれます。

私は常に自己評価が最低です。

だから彼氏が言う私のセンスも、自分が上に立つ人になれるというのも正直よくわかりません。

今回も「最終審査の時点で少なくとも30人以上は蹴落としたんでしょ?

しかも、ゲームとかプレゼンの勉強をしてたはずのゲーム学科さえも敵わなかったんでしょ?

それは同じ勉強してたら最強になれてたかもしれないし、

今回は環境がまだ整ってなかっただけで次はせりなが1位に決まってんじゃん」

って言ってくれました。

 

死ぬほど悔しいですが、彼氏がそう言ってくれたので今回はもうこの結果を認めることにしました。

ただ、あきらめるわけじゃなく受け入れるだけです。

来年は絶対に私が最優秀賞にのぼりきる、ただそれだけです。

来年ゲームの勉強含めいろんな勉強をして私は絶対に「最強」ってやつになるのです。

 

以上、長くなってしまいましたが近況報告でした。

マスゴミめ

タイトルのままです。

マスコミってなんでこうもマスゴミなんでしょう。

 

私は今までもブログに書いてきた通りとあるゲームセンターで働いています。

みなさんは先日大阪でゲーセンが摘発、社長含め従業員が逮捕されたというニュースをご存知でしょうか。

それ自体はもちろん事実です。

やり口もバイトとはいえ同じアミューズメント業界で働いている者としてとても恥ずかしく思うくらいひどいものだと思います。

ですが、その報道の際に機械自体のことをあることないこと適当に言ってくれました。

 

私のバイト先はニュースで出た2台、それに加えネットで騒がれている台なども置いてます。

もちろん法に触れることはしていませんし、詐欺行為もしていません。

 

「確率機」というのをご存知ですか。

あれは設定にもよりますがもちろんガチャのように爆死をするときもあれば、おいしい思いをすることもある。

そんな台です。

 

私の店でも爆死した人はいました。

それでも摘発されたとことは違い、取れないように細工などはなく、

お客さんがあまりにもお金を使っていたら店員が心配しだす、そんな店です。

 

店員とお客さんも本当に仲良くて、スタッフもいい人ばかりで、

暖かいそんなお店が大好きでした。

 

でも、マスゴミのせいで掲示板やSNSで私のお店を詐欺をやっている、

系列店だ、そんなことを言われるようになりました。

もちろん事実無根です。

しかし、名前やロゴが出回り私の店の信用は0になりました。

 

そのためお客さんと話すのが禁止になり、

常連さんですら基本的には話さない方向ということになってしまいました。

お客さんと話すのがすきで、

それがこのゲーセンならではだと思っていたし、

お客さんと話さなくていいのなら他の店と変わらないと心の底から思いました。

 

極めつけは名前をもう名乗らないということでした。

1度落ちた信用を取り戻すにはもうこの名前をやめるしかない、それが上の判断でした。

そのためロゴが入ったポロシャツやビニールジャンバーの制服、

名札、すべてが禁止、および変更となりました。

 

一昨日ですかね。

私が任された仕事は店のロゴの入ったポロシャツ全ての廃棄、

および今までお客さんとたくさん撮ってきた思い出のチェキたちの廃棄でした。

 

正直涙が止まりませんでした。

 

大好きだった店の経営方針が大幅に変更されて、

もう大好きだったお店の名前を名乗ることも許されない、

私にはつらすぎました。

 

ニュースが出てから何度完全な風評被害で悪口を言われたか分かりません。

何度店を、来てくださっている常連さんやお客さんを馬鹿にされたか分かりません。

同じ名前の系列店が今月末に1店舗完全閉店になることが決まりました。

 

もう嫌です。

ほんとにないこと適当に報道して、なんでこんなことにされなきゃいけないんでしょう。

無関係なのにここまでどうしてたたかれなきゃいけないんでしょう。

どうして大好きだった店の名前を名乗っちゃいけないんでしょう。

どうして大好きだったお客さんたちと話しちゃいけないんでしょう。

 

いつかまた自分の大好きな店の名前を堂々と名乗りたいです。

 

いつかまただいすきなお客さんたちと話したいです。

 

いつかまた、そんな日が来るといいんですけどね。 

 

涙が止まりません。

私の大好きだった店を返してください。